(°_°)電子日記帳(°_°)

日常の記録及びどーでもいー話をするブログですぞっ。

【ネタバレ有】「ジョーカー」を見てぼんやり考えたこと

こんばんは。

超~~久々に映画館で映画鑑賞をしてきました。

その作品は「ジョーカー」でございます。

バットマン」シリーズに出てくるヴィランでありバットマンと特別な関係である彼のスピンオフ作品です。

実はあんまり過去作品の映画を見たことがなく、「キリング・ジョーク」というバットマンシリーズの漫画が大好きな程度の知識の私でしたが楽しむことができました。

あと、この映画を見る前に「タクシー・ドライバー」や「キング・オブ・コメディ」を見るといいそうなのですがそちらも未見のままですが楽しむことができました。

どちらも、見ておくときっともっと楽しかったのかもしれないな?と思っています~

そんなわけで知識や教養ゼロの状態での感想を思いのままに残しておくのが本日の日記です。

ネタバレが含まれますので、これから見る予定のある方やネタバレイヤン…という方は、何かの機会にまたお会いしましょう~

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正直なところ、鑑賞してから数日たった今でもなんだかモヤモヤが晴れなくて

考えがまとまってなくて、完全にジョーカーの術中にはまってしまっているなと

我ながらしまった!って感じです。

ジョーカーめ、ジョーク難しいぞ!って言いたいです。支離滅裂な感想となることをおゆるしください。。。

 

 

私のなかでは主人公アーサーの中に、「アーサー」と「ジョーカー」が別々にいるように思いました。

これはいわゆる二重人格というより我々にもある「社会にいるときの自分」と「自分と向き合うときの自分」みたいな分けかたです。

そういう意味では、善良な心優しい「アーサー」の中に、難解なジョークばかり思いつく「ジョーカー」がすでに存在していたのだと思っています。

彼の見てきた世界が全て本当ならばという前置きがついてしまいますが、とても悲しい過去を持っているからそうなってしまったのかなと。。

もしそうでなければ、終盤のジョーカーのいう「理解できない」何かがあるんでしょう。

序盤は、まだ「アーサー」の部分が強くて、なんだか不器用なところがたくさんあって

ゴッサムシティの腐敗しきった感と冷たい人々に振り回されていて見ていてひたすら気の毒でした。

仕事をクビになるなど強いストレスにさらされ、さらに受けることのできていた福祉(飲んでいた薬も)を打ち切られ、それからどんどんバランスが狂っていってしまったアーサー。

証券マンを銃でBANGしてしまったあたりから「ジョーカー」感が一気に強くなってきたなと思いました。

面持ちが全然違うんです。お化粧云々ではなく。

そこはもう主演のホアキン・フェニックス氏の演技・表現にうなされる勢いでした。

一度裏切ったピエロ仲間をグサッとやったシーンも印象的でした。

その現場に居合わせてしまったうえに身長が足りずカギが開けられない小さなピエロ仲間に対しては「お前だけは優しくしてくれた」と、見逃してくれたところ。

「ジョーカー」の中にいる「アーサー」出てきたなって思いました。

もう立場が逆転しているように感じました。

その後も市長候補(のちのバットマンとなるブルース少年の父)とお母さんとの関係だったりとかで、知らないほうが幸せな事実を目の当たりにしたり、

自分が見ていたと思っていた世界が妄想だと気付いてしまうことで更なるショックを受け

どんどん「ジョーカー」の方向に加速していっていました。

序盤の「アーサー」のピエロのメイクで涙でにじんでいる目と

終盤の「ジョーカー」のピエロのメイクで涙がにじんでいる目が左右反対になっているのもそういうのを示唆していたのかなっと勝手に妄想しました。

そして夢だったトーク番組での司会者とのやりとりはとても良かったです。

本来の意味とは異なるかもしれないですがあのときのジョーカーの「道化師」っぷりはとても素晴らしかったと思います。

逮捕されてパトカーにのせられて…そのパトカーがドッカンして…あのへんはかなりの妄想感あって吹っ切れていてよかったなぁと思います。

暴徒と化した群集に支持され持てはやされてパトカーのうえですこし戸惑いながらダンス。とても素敵なシーンでした。

そして最後のアーカムのシーン。

ジョーカーはジョークを思いつくも「きっと理解できないさ」と言って教えてくれず。。

そしてたぶん殺人を犯した上で、追いかけっこのラスト。真っ白な廊下で、「THE END」のおしゃれロゴが出るのもなんだか「え、この映画全体がなにかジョークだったのかな?」と思わせるような、なんだかメタな感じがしてそれもよかったです。

 

「きっと理解できない」っていうのも、散々「理解してもらえなかった」からこそ出てくるセリフで、普通の人への諦めや呆れみたいなのが含まれてたのかなとか色々思うことがありました。

いつぞやの日記に書いた「理解してもらえないことを理解する」っていうプロセスを

とっくの昔にジョーカーは通り過ぎていたんだなぁと思いました。

病人にしても健常者にしても、理解・無理解を通り越して寄り添うことができたらいいなっていうのが私の考え方なのですが

ジョーカーの場合は理解・無理解とか、寄り添うとかもはやどーでもいーもんって諦めきってしまった感じがしてみていてとても悲しかったです。

それでも生きていかないといけないっていうところでジョーカーがココロの糧にしているのがジョークだったんだなぁ。。

他人に自分のオールをまかせないぞ的な意味で、自立していて立派な考え方だとは思いますが、ジョーカーのジョークの多くは他人に迷惑をかけることが多いのでそこは頼みますよ~って言いたくもなります。

 

本作のジョーカーやアーサーは憎たらしさ控えめで哀愁満載で、作品全体としては見る側のココロに何かモヤモヤ、でもどこかスッキリ、そんな感じでした。

見る側にいろいろ投げっぱなしジャーマンな感じで、答えをあえて示さないことで妄想が世界中でポコポコ湧き出ているのもいいなぁと思いました。

そんな感じで結局私が何を伝えたかったのかもハッキリしない感じなので

「おもしろい作品でした」ということはハッキリと書いておしまいにしようと思います。

 

ここまで読んでくださった方がいたら、ありがとうございます!